どうも、いちごようかんです。
こちらの記事を読ませていただきましたので言及したいとおもいます。
ベイビーハラスメントなんて言葉は必要ない
まず、ベイビーハラスメントなんて言葉、あまり好きではないです。
生まれてきた命をハラスメントという単語に並べるのやめましょう。祝福しましょう。
記事を書かれた方は子どもがおられない方なのかなぁという印象があります。
書かれていることに矛盾を感じるところは少ないです。しかし実際の経験からするとそうはならない事情が発生してくるということがよくあります。
どうしてもその時でないと行けない場合もあります
出かけるのがそのシーズンじゃ駄目なのか等書かれていますが、兄弟がいて新生児が生まれた場合、兄弟の方の欲求も叶えてあげないと兄弟が新生児へ攻撃し始める場合がります。
夏休みの宿題でどこかへ出かけたことを絵に書いて来るような宿題がでてきて、赤ちゃんが生まれたので夏休みは家の中にいましたと、赤ちゃんの絵を書かせることは親としてはできないです。何とかして何処かへ行ってあげないとと思います。
祖父母が健在であずかってくれる、そんな環境の人は今の日本では多数派ではあると思いますが、殆どの人がとは言えない状況かなぁと感じます。
今の社会はいろいろな人がいます。そのことにも目を向けなければいけないと思います。すべて同じ事情の人はいません。家庭も同じではないでしょうか。
預けるという選択肢、あるようでないですよね。
また、新生児であればあるほど、預かってくれる場所は少なくなります。これも一つの問題であるとは思います。
一時的に、いつでも、あずかってくれるというサービスは日本ではほとんどありません。あっても高額で無認可。
問題が起きればニュースにはなりますが解決策は出てきません。
お母さんのこともかんがえてほしい
また、来シーズンではダメですかと言いながらチケット制のその時しか取れないような価値のあるチケットを使う場に連れて行く話は矛盾点があり少し疑問に思います。しかも高価なチケットですお母さんも行きたいと思うでしょう。
お母さんも社会の一員
さて、新生児が生まれて、体力が回復してきてやっと社会的活動ができるようになったママを周りの迷惑だからと家に閉じこもれと主張されるこの記事は少し違和感を感じます。お母さんにだって社会的活動をする権利はあるし必要もあります。
最終的にベイビーハラスメントは、赤ちゃんの問題ではなく、わきまえていない親の問題なのです。とまとめていらっしゃいますが、実際に問題があるのはそれを許容できない社会とサービスが用意されていないことではないのでしょうか。
でも迷惑に感じることを表明するのも大事
しかし、この記事のように迷惑であること、もっと我慢すればいいのではないか、結論的にはわきまえていない親の問題ということ。このことは悪いことではないと思いますし、そう感じる人がいるとを表明するという大事なことであると思います。
それに対し、どのように返事をするのか、こんな考え方があるんだ、こういう事情があるんだと投げかけ受け入れてもらうことが大事だと思います。
そして、どこで納得するか。納得出来ない場合はどうすればいいのかをかんがえていかなければいけないと思います。
子どもの泣き声NGなお店というのもその一つの答えではあると思います。
社会の変容に対しての教育がすべての世代に必要なのでは
この手の話がよく出るように生ったのは近年になってからだと思います。
以前は本当に生まれたての小さい子がいる家で兄弟がいる場合は、祖父母が連れて出てくれたり、少し大きくなって母親から数時間なら離れていられるこの場合は祖父母が赤ちゃんを見てくれたりと、社会の変容がもたらした問題なのかなぁと思います。
こういった問題に対して今の若い人たちが気づきを持てているのか少し気になります。
そういったところを義務教育や高等教育で少しづつ知っていって貰う必要もあるのではないのかなと思います。
また、核家族化で新しい家族が増えた時、どうすればいいのかわからない人たちも多くいると思います。
これから子どもが生まれる人には、父親母親学級というのがあるでしょうが、それは赤ちゃんの育て方や良くやってくれるところで赤ちゃんのいる家族のありかたといったところまでだと思います。
それだけでなく、すべての年代を人達に向けた今の社会の傾向や問題点を勉強できるような機会があってもいいとお思います。参加すれば減税とかなら参加率もいいでしょうしね。
国や行政だけが動けばいいという問題でもないと思います。
それぞれが、自分の視野だけでなく別の視点を否定なく取り入れ考えていくことが大事なのでないでしょうか。
僕はそのようにかんがえます。
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